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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)7296号 判決 1956年4月26日

原告 荒井瑞

被告 飯島金太郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対し、被告飯島金太郎は別紙<省略>目録記載の宅地上に存する別紙目録記載の建物を収去して、被告久保田きんは当該建物から退去して、それぞれ同宅地の明渡をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は別紙目録記載の宅地(以下本件宅地」という。)の所有であるが、昭和二十四年九月一日訴外東京護謨製品株式会社(後に商号を大央物産株式会社と変更した。以下「訴外会社」という。)に対して建物所有の目的で賃料を一坪につき一箇月金七円の割合と定め、毎月末日払とし、期間二十年の約で本件宅地を賃貸した。そして、同時に権利金として金三十万円を受領し、訴外会社はその宅地上に木造瓦葺平家建一棟建坪二十二坪五合を所有していた。

二、ところが、訴外会社は昭和二十五年一月一日からの賃料を支払わないので、原告は昭和二十六年六月十四日書面で訴外会社に対し昭和二十五年一月一日から昭和二十六年五月三十一日まで坪当り一箇月金二十五円の割合による延滞賃料合計金一万八千五百八十七円七十六銭を催告書到達後五日以内に支払うよう催告し、同期間内に支払わないときは本件宅地の賃貸借契約を解除する旨通告し、この書面は同月十六日訴外会社に到達した。ところが、訴外会社は催告期間内に延滞賃料を支払わなかつたので、その期間の末日である同年六月二十一日をもつて前記賃貸借契約は解除された。

もつとも、昭和二十五年一月一日から本件宅地の賃料を坪当り金二十五円の割合に増額することについては、原告と訴外会社との間に合意が成立しておらず、また催告当時の公定賃料は坪当り一箇月金十七円一銭であつて、原告の請求額は公定賃料をこえているが、これによつて直ちに催告が全部無効となるものではなく、少くとも公定賃料の範囲内において有効であり、従つて催告期間の経過によつて原告と訴外会社との前記賃貸借契約は有効に解除されている。

三、ところで、訴外会社は昭和二十六年十二月二十九日前記建物を被告飯島に売り渡し、同時に本件宅地の賃借権をも譲渡した。しかしながらこの賃借権は前記のとおり消滅したものであるから、被告飯島は訴外会社との契約によつてもこれを取得する由がない。のみならず、本件宅地の賃借権の譲渡は賃貸人である原告の承諾なしにされたものであるから、原告は訴外会社に対し書面で昭和二十七年五月十二日無断譲渡を理由に訴外会社との間の賃貸借契約を解除する旨通告し、その通告は同月十三日訴外会社に到達したから両者間の本件宅地賃貸借契約はこれによつても消滅した。

四、以上のとおり、被告飯島は本件宅地について賃借権を取得していないにもかかわらず、かえつて従来の平家建建物を増改築して別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)とし、本件宅地を不法に占有している。

被告久保田きんは本件建物に居住し、何等の権原なく本件宅地を占有している。

よつて、原告は被告飯島に対しては本件建物を収去して、被告久保田に対しては同建物から退去してそれぞれ本件宅地を明け渡すことを求める。

五、被告主張の第二項から第五項まではいずれも争う。

借地法第十条による買取請求権は被告飯島が訴外会社から買い受けた当時の建物についてのみ生ずるものであつて、同人が買受後増改築した部分についてまで生ずるものではない。

ところが、被告飯島はその取得した建物を平家建から二階建に改築したので、現在買受当時の建物だけを増改築部分から切り離して原告に対し買取請求をすることができない状態にある。従つて、被告飯島は本件建物全部について買取請求権を有しないものというべきであるのみならず、同被告が前記建物を譲り受ける以前に訴外会社は賃料不払により賃貸借契約を解除されたのであるから、この点からいつても被告飯島に買取請求権がないことは明らかである。

被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

第一、被告飯島の答弁

一、原告主張の第一項の事実は認める。

第二項中訴外会社が原告から昭和二十六年六月十六日原告主張の書面を受けとつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告が請求した坪当り一箇月金二十五円の割合による賃料は、原告の一方的な値上によるものであり、当時本件宅地の公定賃料は坪当り一箇月金十八円余であつたから、訴外会社は原告に対し公定賃料にしてもらいたいと交渉したが、原告が承知しないため、やむを得ず公定賃料で支払い原告が受領しなければ供託する旨の回答を発し、現に公定賃料によつて計算した金額を賃料として供託している。すなわち原告の催告は訴外会社との契約に基かない一方的請求であるから訴外会社は催告に応じて支払をする義務がなく、また支払わないからといつて本件宅地の賃貸借契約が解除されるものでもない。

第三項中訴外会社が本件建物及び本件宅地の賃借権を原告主張のとおり被告飯島に譲渡したこと及び原告主張の解除の書面が到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。第四項は不法占有である点を除いてその余の事実は認める。

二、被告飯島の代理人窪田喜和及び訴外会社代表取締役餅原珪は昭和二十七年一月初旬原告に対し本件宅地の賃借権譲渡の承諾を求めたところ、原告は被告飯島に対して昭和二十五年、同二十六年分の延滞賃料金二万六千円を金二万円に減額して即時に支払い且つ昭和二十七年一月一日から坪当り一箇月金二十五円の割合による賃料を支払うことを条件として賃借権譲渡を承諾したものである。

三、仮に譲渡の承諾が認められないとしても、原告は訴外会社に本件宅地を賃貸するについて同会社より昭和二十四年九月一日権利金三十万円を受領している。このように多額の権利金の授受があつた場合には借地人がその賃借権を他に譲渡するとき賃貸人はこれを予め承諾するという暗黙の合意があつたものというべきである。仮に暗黙の合意がないとしても、東京都においては宅地の賃貸人が権利金を受領したときは賃借人がその賃借権を他に譲渡する場合これを承諾すべき義務があるとの慣習が存在する。従つて、原告は訴外会社被告飯島間の本件宅地の賃借権譲渡を承諾する義務があり拒絶の自由を有しないのであるから、賃借権の無断譲渡を理由に本件宅地の賃貸借契約を解除する権利を有しない。

四、仮にこの主張が認められないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用である。土地の賃貸借殊に建物所有を目的とする土地賃貸借においては、賃借人が賃借権を無断譲渡しても、賃貸人の解除権の行使は民法第一条第三項の適用によつて制限される。建物所有を目的とする土地賃貸借は、その使用者が代つても使用には影響がなく、賃貸人の利害は主として使用者が確実に賃料を支払うかどうかにかゝつている。それ故賃貸人に対し賃借権の無断譲渡を理由に譲渡の承諾を拒否し賃貸借契約を解除する権利を無制限に認めることは、賃借人の生活関係を故なく破壊し、賃貸人をして徒らにその主観的利益による恣意を許すことになる。従つて、賃借権譲渡の承諾を拒否し契約を解除することができるのは、賃貸人において正当の事由があり、且つ、社会経済上の利益からみて妥当な場合に限られるのである。ところが原告は金三十万円という多額の権利金を受領しながら、更に契約当時坪当り一箇月金七円であつた賃料を、僅か一年足らずの間に金二十五円に一方的に値上を要求し、訴外会社が公定賃料ならば支払うというのを、あくまで原告の請求金額を支払わなければ賃貸借契約を解除するというのであつて、原告は単に賃料値上あるいは権利金要求の手段として被告らに対して本件宅地の明渡を請求しているに過ぎない。これに反して、被告飯島は本件建物の収去、土地明渡によつてその生活関係を破壊されるに至るものであるから、社会経済上の立場からみても原告の賃貸借契約の解除は不当であつて、権利の濫用といわなければならない。

五、仮に以上の主張が全部認められないとすれば、被告飯島は原告に対し本件建物の買取を請求する。すなわち、被告飯島は訴外会社から木造瓦葺平家建一棟建坪二十二坪五合を代金百三十万円で買い受け、その後改修増築費として金三百七十万円を費しているので結局本件建物の現在価額は金五百万円であるから、同金額をもつて原告に買取を請求する。

第二、被告久保田の答弁

原告の主張事実中第一項から第三項までの事実は知らない。第四項は不法占有である点を除いて認める。被告久保田は被告飯島の実姉であつて、同被告及びその雇人の食事の世話などをしている。

<証拠省略>

理由

第一、被告飯島に対する請求について。

一、原告主張の第一項の事実は、当事者間に争がない。

次に、原告よりその主張の催告及び条件付契約解除の書面が訴外会社に到達したことも当事者間に争がないので、この催告の効力について考えてみると、成立に争のない甲第九号証によると、昭和二十五年八月十五日以後の本件宅地の公定賃料は坪当り一箇月金十七円一銭であることが認められ、これから推すとそれ以前の公定賃料は坪当り一箇月金六円八十三銭であることが明らかである。

してみると、原告の坪当り金二十五円の請求は、昭和二十五年一月一日から同年八月十四日までの部分については合意による金七円公定による金六円八十三銭の三倍以上に及ぶものであり、昭和二十五年八月十五日から昭和二十六年五月三十一日までの部分についても合意による金額はもとよりのこと、公定による金十七円一銭をも相当上廻るものであつて、全体を通じて見れば著しく過当な請求といわなければならない。そして原告が請求金額全部の提供を受けなければその受領を拒絶したであろうことは、本件弁論の全趣旨に照して極めて明かであるから、原告の前記請求は違法であつて催告としての効力を有しないものというべきである。従つて、これを前提とする契約解除の意思表示も無効であるこというまでもない。

原告はこのような催告は全部無効となるのではなくて公定賃料の範囲内において有効であると主張する。過大な額を催告した場合でも、もし催告人が相当な額の支払ならばこれを受領するであろうという意思を表明した場合には、その催告をもつて相当賃料の催告としての効力をもつものと認めて差し支えないであろう。しかしながら催告人が過大な請求全部でなければ受領しないことが明らかである場合にも、その催告に相当賃料の催告としての効力を認めようということは、被催告人に困難を強いるものであつて、虫のよい言分であるといわざるを得ないのである。原告の主張は採用に値しない。

二、次に、訴外会社が被告飯島に対して原告主張のとおり本件建物及び本件宅地の賃借権を譲渡したことは、当事者間に争がない。被告飯島はこの譲渡について原告の承諾を得たと主張するけれども、証人窪田喜和、荒井よし(第一、二回)餅原珪の各証言及び原告本人尋問(第一回)の結果を総合すると、次の事実が認められる。

被告飯島の代理人窪田喜和は訴外会社の取締役餅原珪とともに昭和二十七年一月中旬原告を訪問し、今度餅原が本件建物を被告飯島に売つたので承諾してもらいたい、またこれまでの未払地代金二万六千円を金二万円に減額してもらいたいと申し入れたが、原告のはつきりと承諾は得られなかつた。その後窪田は一人で原告の不在中にその妻よしに会い重ねて未払地代の減額を求め、今後の地代も要求の坪金二十五円は高いから少し安くしてもらいたいと頼んだが、原告の妻は後日返事をするからといつて承諾を与えなかつた。

証人窪田喜和、荒井よしの証言中以上の認定に反する部分は採用し難く、他にこの認定をくつがえす証拠はない。以上の認定によれば、被告は譲渡について原告の承諾を得られなかつたものといわなければならない。

三、しかしながら、原告が当初昭和二十四年九月一日本件土地を訴外会社に賃貸するにあたつて権利金三十万円を受領したことは、当事者間に争がない。ところで、本件土地の借地権の価格が昭和二十六年十二月二十九日現在において坪当り金八千円合計約金三十五万円であることは、本件記録上当裁判所に顕著である。してみれば、昭和二十四年九月一日現在の借地権の価格がこれを相当下廻ることは、容易に推察されるところであつて、原告は金三十万円の権利金を受領することによつて完全に本件土地の借地権の価格を回収したものということができる。

このように土地の所有者が当該土地の借地権の価格に相当する対価を得て借地権を設定した場合には、賃借人がその後借地権を他に譲渡するについてあらかじめこれを承諾したものと解するのが相当である。けだじ、借地権の価格が土地所有権の価格の五割ないし八割に達することは、当裁判所に顕著な事実であつて、このことは借地権が土地の機能の大半を利用し得ることを物語るものである。借地権の設定された土地所有権は、その残滓に過ぎず、主として地代収取の権能にその意義を見出すに過ぎない。従つて、自ら意識して借地権をその対価を得て設定した土地所有者は、残る地代収取の権能を留保したことに満足したものであつて、賃借人が借地権を他に譲渡するについて承諾を云々する権利を放棄したものというべきである。もしかような場合にも土地所有者に承諾を拒否する自由ないし権利が与えられるとするときは、すでに所有権の価値の大半を回収しながら更に完全な所有権を回収する途を開くことになるのであつて、その結果は土地所有者に不当な利得を与え、その強欲を満足させる以外の何ものでもない。

してみれば被告飯島は原告に対してその借地権をもつて原告に対抗することができるから、同被告に対する原告の本訴請求は、他の争点について判断を加えるまでもなく失当である。

第二、被告久保田に対する請求について。

被告久保田が本件建物に居住していることは、原告と被告久保田の間に争がないけれども、被告飯島金太郎本人尋問の結果によれば、被告久保田は被告飯島の実姉であつて夫と死別し、被告飯島方に同居して食事の世話、徒弟の監督等に当つていることが認められるから、その占有は独立のものということができない。同被告に対する原告の請求も失当である。

第三、結び。

よつて原告の本訴請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正)

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